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zoom RSS ぬばさんの一周忌+αですよ。

<<   作成日時 : 2012/02/17 21:39   >>

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2010年12月27日に肝炎で亡くなった愛犬ぬばたま(愛称ぬばさん。享年16歳、メス、雑種)の一周忌+αにあたり、今までブログに書いたことのなかった思い出やぬばさんのいなかったこの一年を振り返ってみました。



我が愛犬・ぬばさんを偲んでお出で下さいました方々、ようこそいらっしゃいませ。

わけあって「新居」ではぬばさんネタは使えないこともあり(爆)、「旧家」の方へとご足労いただきまして誠にありがとうございます。

最初にぶっちゃけてしまうと、感動やしんみりしんみり感からはほど遠い、どちらかというと後味の悪い内容になりますので、心の弱っている方、感動物を期待されている方にはスルーしていただいた方がよろしいかと思います。



では、どうぞ。

え〜と、まず、ぬばさんが亡くなってから既に一年二か月近く経っちゃってるんですよね(苦笑)。

なんでこのタイミングで振り返り?っていうねぇ…。

というのも、命日が12月の年末丸出しな時期だったために、忙しさのあまり振り返る余裕がなかったから。

特に昨年末は自分史上一番忙しい年だった気がするし。

そんなこんなの今頃になってしまいました。

12月27日の命日当日は、忙しい中、車を運転しながらぬばさんの鎮魂歌を聴いて在りし日を偲んだりしました。

そんな感じです。



実は、ぬばさんが亡くなったことを未だに知らない人(お客様)がいらしてびっくりですね(笑)。

先日の夜、店番をしていたら、車で見えたお客様が「お宅のワンちゃんが逃げてるわよ!」

「えっでも、うちの犬、一昨年死んじゃってるし。」

「えっそうなの?!じゃあ違う犬?あらやだ、ごめんなさい!」

とりあえず外に出てみると、遠くの方にぬばさんによく似た別犬がふらふら歩いてたりして、私も「似てるわ〜。」と思っちゃったりして。

…なーんてことも一度や二度ではなく(笑)。



ということは、ぬばさんと見間違えた人にとっては、ぬばさんは「この一年間、生きていた」ことになるんですよね。

そう思うと、がっかりとかしんみりというより可笑しくなってきちゃって、むしろ嬉しい感じがしました。

そのくらい、うちの店にぬばさんがいることが知れ渡っていたという表れだし、忘れずに覚えていてくれてるんだなぁって。


在りし日のぬばさん。多分、お客様のぬばさんのイメージってこんな感じ

ちらっ
画像
2006.7.21


ぬばさんがいなくなって、それまで十数年間続いていたぬばさん関係の習慣がなくなって、戸惑うというより、やっぱり物足りない感じです。

亡くなった直後のブログにも書いたけど、ぬばさんが病気になって、徐々に最期の時が来るのに心構えが出来てきたこともあって、喪失感はさほどでもなかったです。

とにかく年末年始を乗り切るのに必死で。

それからしばらくしてから、「あ、いないんだっけ。」とか「いればなぁ…。」と思うことがあって、突然猛烈に寂しくなったり会いたくなったり。

そういうことは今でもありますね。

つまらないことですが、お菓子を食べながら店番している時、うっかりこぼしてしまったのを捨てる時に「ぬばさんがいればあげるのになぁ…」って思ったり(爆)。

「東日本大震災」があったので、あちこちの写真を撮りに行く際、「ぬばさんがいればうろついてても不自然に思われないのになぁ…」とか思うことも(笑)。



「ぬばちゃんは家族に感謝してると思うよ。」というお客様の言葉に「そうかなぁ、結構面倒見てやって、あれで当然って思ってるかもね。」なんて軽口叩いてたけど、実際には自分達家族の方がぬばさんへの感謝の気持ちが足りなかったんじゃないかって。

そういう謙虚な気持ちになったのも、亡くなってからしばらく経ってから。

いて当然、面倒見るのも面倒くさいけど、それよりはるかに面白くて楽しい思い出の方が多かったこと、そういう大事なことを後になればなるほど思い知らされましたね。

本当にぬばさんには「ありがとう」って、今頃言っても遅いけど、感謝の気持ちでしんみりしんみりしているところです。




今まで家族間でしか知らなかったこと。

ブログにもツイッターにも書かなかったこと。

ぬばさんが亡くなったのはクリスマスが過ぎた27日のことでした。

一年経って当時を振り返った時、セットで嫌なことを思い出してしまうことがあります。

2010年のクリスマスに、大変酷い出来事がありました。


ぬばさんがいよいよ…というのが、正にクリスマスの前後で、その数日の間はあんまり楽しい気分ではありませんでした。

元々、子供もいないし、年末で忙しい時期でケーキを食べるくらいしかイベントもないし。

クリスマスの夜、店番をしていた時のこと。

店で横になっているぬばさんの用を足させなければ…と、お茶の間にいた父に外に連れていってもらうよう頼んだんです。

ぬばさんは幼き頃から絶対に自分の身の回りで用を足すことがなくて、必ず店の前の空き地に連れていかないとしないんですね。

父が自力で歩けないぬばさんを抱っこして店を出ようとしたところ、居合わせたお客様がいきなり「そんな犬、死ねばいいんだ。」って言ったんです。

その人は、近所の年輩の男性で、偏屈なことで有名な人。

うちに見えた時も出来るだけ会話を少なく済ませてかかわり合いたくないタイプなんですが、それまで何のトラブルもなかったのに、いきなりこんな暴言を吐いたんですね。

私、社会人になってから数十年、お客様に泣かされたことはあったけど、失礼な言動をしたことは一度もなかった(はず)のに、この瞬間、思わず言い返してしまいました。

よく覚えていないけど、「なんでそんなことを言われなければならないんだ!」みたいなことだったと思います。

あんまり頭にきて、その人にお釣りを返す時に掌の上に乱暴に硬貨を乗せたんです。

そしたら、相手は高齢者だから握りきれずにじゃらじゃらこぼれちゃって。

その人、

「この店では客に金を投げつけるのか!」

と怒鳴り始まって。

こっちも怯まなかったんですけど、謝ったか謝ってないかよく覚えていなかったり(痛)。

とにかく、「なんで関係のないあんたが、死にそうな犬にそんなことを言うんだ!」みたいに言い返したような記憶はあるかなぁ。

何より信じられなかったのが、この時、この人は幼稚園に通っている孫二人を連れてきていたんですよ。

よその家の犬におじいちゃんが「死ね。」と言ったことが理解できるくらいの幼児です。

よくうちの店に買い物に連れてきていたんだけど、こんな祖父を身近に見て育つ孫って…。


まさか気紛れで言ったことに反抗されるとは思ってなかったのでしょう、その人は「こんな店二度と来るか!」みたいな捨てゼリフを残して店を出ていき、以来、うちの店には孫ともども確かに来ていません。

ただ、自販機は時々利用しているみたいですけど。

来る度に嫌な気分にさせられる「お得意様」がいなくなって、むしろ清々してるくらいですが、それはここだけの話、ということで(爆)。

ちなみに、この場にいた父は類希なるチキン野郎なので、私とその人がやりあってる間、何も言わずにえへらえへら笑ってるだけでした。

つくづく母がいなくて良かったです。

なぜなら、母の方が私以上に気が強いからです。

ひょっとしたら、私より上手に場を収めて、なおかつその人をやりこめられていたんじゃないかな(笑)。

今回のことを話したら、特に怒られもしませんでした。

お客様に暴言を吐く、という失態は、自分史上、後にも先にも(今のところ)これ一度きりですね。



そんなことがあった、その日の夜。

怒りの収まらない私は、よっぽどツイッターで暴言をぶちまけようと思ったのですが、TL上には「クリスマスきゃほー♪」的な幸福感に満ち溢れたつぶやきだらけだったので、フォロワーさんに不愉快な思いをさせてはいけないと自重。

むしろツイッターやネットからは距離を置いて、嫌な気分を自分の中で消化したのでした。


ちょっと話は逸れるけど、

私がツイッターは「個人的なつぶやきだから」とか「愚痴をつぶやけばいい」とか「愚痴を外に吐き出した方がいい」という考え方に違和感を感じるのはこんなことがあったからです。

別にツイッターに限らず、ほかの人が愚痴をつぶやくのは全然構わないし、したい人がしたいようにすればいい。

でも私はそうしたいとは思わない。

それだけのこと。

やはり公的な場での発言は他人の目に触れる可能性がまるでないとはいえないので、意識せざるを得ないのですね、性格的に。

そういう考え方は間違っていると言われるかもしれないけど、それは上記のようなことがあったからです。





さて、話は戻って、生前のぬばさんがずっとお世話になっていた動物病院に、亡くなってしばらく経ってから訪ねました。

電話では亡くなったことを伝えていたのですが、改めてご挨拶に伺ったのはこの時が初めてでした。

末期のぬばさんが食べるために用意してもらった肝臓用の病犬(?)食が、未開封のままたくさん余ってしまったので、それをお返しするためにご挨拶がてら訪ねたのです。

病院では散々お世話になった先生や看護師さん達が、いつものように働いていました。

いつもは陽気な先生が私の顔を見た途端、ひどく残念そうな表情になったんですよね。

ちょっとだけしかお話しなかったんですが、皆さん、ぬばさんのことを覚えていてくれたのがとても嬉しかったです。

ぬばさんてば、臆病な性格のせいで、16年間何度も命の危機を救ってもらったのに、結局最期まで先生に馴染めずに逝ってしまったんですけども(爆)。

手の掛かる子ほど可愛い、みたいなものかなぁ(笑)。



数ヶ月後、友人が実家で飼っている愛犬を連れて、ぬばさんが通っていたのと同じ動物病院を訪れました。

そのワンちゃん(当ブログにも度々名前の出てきたムウちゃん)は、ぬばさんと同い年で、偶然だけど通っている病院が同じだったのです。

ぬばさんとムウちゃんとは一度も顔を合わせたことがないのに、飼い主同士だけで勝手に「姉妹」みたいに思ってたりしてました。

私が前もってお願いしていたのもあって、友人が病院の先生にぬばさんのことを話したら、まだ覚えていてくださったみたいで、後から聞いてしみぢみしちゃった(照)。

そのムウちゃんも、夏にぬばさんと同じところに旅立ったんですけど、年齢も17歳になっていて、二匹とも長生き出来て良かったなあって思いました。

本当はまだまだ長生きして欲しかったんですけどね、元気で生きられた方だと思いますよ。

なにせムウちゃんは、あの「震災」後を生き延びたんですもんね!




「東日本大震災」の話。

ぬばさんが亡くなったことを知らなかったお客様と話していて「うちの犬、死んだんですよ〜。」って言うと、皆さん「震災で?!」って一瞬思うんですよね(爆)。

で、こちらがそれを先回りして「いや、震災前にね、年末にね。」って言って「まあそうなの。」みたいな(苦笑)。

変な話だけど、今でも度々「ぬばさんは震災前に死んでて良かったよね〜。」ということを話したりします。


3.11の震災当日。

店の中、ぬばさんがいつも寝ていたところには、日本酒の入った一升瓶が次々落ちてガラスの破片が飛び散りまくりました。

さらに、アルコールの香りが漂って、震災後も数か月は臭いが染みついたままなかなか消えませんでした。

もし、地震が起こった当時、ぬばさんがここにいたら…、

あの時、店内には私と母がいたのですが、ぬばさんを抱きかかえて店を出るのはかなりしんどい状況だったのではないかと思いました。

とにかく揺れが酷くて、自分自身を守るのもやっと、という状態だったので。

動物の本能で、弱った体でもサッと逃げられたかもしれないけど、あの揺れでは歩くのもどうか、その後の世話は…。

そんなことを考えると、家族で「ぬばさんは震災の前に死んで、最期まで世話のかからない、いい子ちゃんだったねえ。」って話になるわけですよ。


神経質で臆病な性格だったので、震災直後の度重なる大きな余震だったり、周囲の人達の落ち着かない雰囲気だったり…。

月に1回は必ず点滴治療をしてもらうために動物病院に通院していたのに、あの混乱した状況の中、ガソリンもなく、陥没路面ガタガタの中、ストレスの溜まったぬばさんを車で連れて行くのは大変なことだったはず。

病院だって動物の野戦病院状態だったんじゃないかなぁ。


それに、放射線の問題がありますよね。

不謹慎な話になっちゃうけど、今の福島の高線量な環境下では子供を産み育てるのは厳しいのではないかと思われます。

同じことは動物にも当てはまるのではないかと。

ぬばさんを散歩に連れ歩いていても、草むらの臭いを嗅ぎに行ったら「そこは線量が高いから近づいちゃダメ。」とか、排水溝の穴を嗅ぎに行ったら「そこもダメ。」とか、そんな神経質な生活をしなければならなくなるのかな。

胸やけがするから道端に生えている細長い草を食べようとしたら「食べちゃダメ!」って、今度からホームセンターで犬猫の健康草を買おうかな、ってなるのかな…。

飲料水や餌だって同じことが言えるし。

人間より体が小さくて線量のより高い位置で呼吸をする動物にも、今の福島は生きづらいんだよなあって思うと、今から新たに生き物を飼いたいとは思えないんですね。

そもそも今の家の事情では、動物を飼う余裕なんてないので、そういう選択肢もないんですけど。

うちの地域(県南)よりずっと線量の低いいわきや会津地方だったら考えないこともないかなぁ。

何かの縁で動物を飼うことになるのであれば、それは勿論、精いっぱい愛情を注いで育てようとは思いますけどね。

今は、お隣の元気はつらつ過ぎるクロちゃんの「しつけ」が楽しいです。

奔放に育っているクロちゃんはお手とかおかわりが酷く雑で(爆)、私と母がおやつをあげながら我慢することを教えたり(笑)。


なんだか愛犬の思い出話のつもりがどんどん変な方向に行ってしまいました。


ぬばさんが亡くなった当時は、世の中がこんなことになるとは思わなかったですもん。

動物と人間の子供を同列に扱うのは不謹慎かもしれないけど、同じ命あるもの同士、みんな安心して暮らせる空気、大地…になるのかどうか、この先どうなるのかな、っていう不安は払拭できません。


今を生きているすべてのもの達にとって、これから生まれ育つすべてのもの達にとって、福島が生きていていい場所になる日が来ることを願う今日この頃なのです。

画像
2006.8.27

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