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zoom RSS さよなら、ぬばさん。

<<   作成日時 : 2011/01/10 18:03   >>

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平成22年12月27日、午後。愛犬ぬばたま(雑種、メス16歳)が亡くなりましたのでお知らせいたします。

当記事は新居の方ではなく、愛犬の思い出の詰まった旧家の方にアップすることにしました。




昨年12月の中頃から、ぬばさんの体調が思わしくなくなり、あまり歩きたがらない、疲れっぽい、という感じで寝たきりの状態が続いておりました。

折りしも、かかりつけの動物病院から混合ワクチン接種のお知らせが届いたばかり、ということもあって、体調がもう少し良くなってから連れて行こうとしたのですが、結果的にそれが治療の遅れに繋がってしまったのではないかと、今頃になって悔やんでも仕方のないことなのですけども。

病院に連れて行ったところ、血液検査の結果「肝炎」だと診断されました。それも重度の。

検査結果の数値を実際に見せてもらって説明を受けている間にふら〜と軽い貧血を起こして「すいません。ちょっと休ませて下さい。」というチキンな飼い主>自分。実は2回目。

薬をもらってこの日は帰宅しましたが、肝臓病用の食事(病院食)の味が気に入らないのか、ぬばさん、なかなか食べたがらず苦戦することに。

これまで16年間、食欲のなかったことなど一度もなかったぬばさんでしたが、スプーンですくったやわらかご飯を差し出されても自分から食べようとしない…。

最後の数日間は何も口にしなくなり、治って欲しいと思いつつ、ああ、いよいよなんだな、という気構えもできてきて。

クリスマス前後が一番どうしようもない時期で、「フランダースの犬」みたいな感じに「パトラッシュ、ぼくは眠いんだ…。」って、ぬばさんがパトラッシュを?ぬばさんがネロかーい(爆)!って、半分冗談半分本気な会話もありました。

ふざけているつもりはないんだけど、深刻になるのが怖い感じだったのかな。


亡くなった当日。

「ぬばさん、駄目みたい。」

その日の朝、ぬばさんを見守っていた夜型人間のモモレンジャー(妹)の部屋の前を通る時、そう声をかけられて、何となく覚悟はしたんですけども。

「一晩中、ピーピー鳴いてて、どうしたいのかわかんないから何回も外に連れ出したんだけど、何もしなくってさ。あたし、これまでたくさんの小動物を看取ってきたからわかるんだけど、死臭っていうの?ああいう感じがあるんだよね。」

って、確かにぬばさん、今までよりよっぽどぐったり気味で、これはもう病院に連れて行くしかないな、と。

病院では点滴を打ってもらったんですが、血管に針を刺しても血液が逆流してこない、つまりそれだけ血圧が下がりきっているっていうことで、手足も冷たいし、点滴をしている間中、先生や看護師さん達とドライヤーを使って温めたりしたのに、全然体温が上がらなくて。

先生の診断も「ご飯を食べれば治るから。」と前向きな発言だったものの、その場にいた誰もが「最期だな」と認識していたんです。

「ぬばさんが夜鳴きしたのは怖くて不安だったからなんだよ。」って先生に言われて、思わずうるっと(涙)。

弱りきったぬばさんを連れ帰って、お茶の間のヒーターの前に寝かせて温めたんですが、相変わらず体温は一向に上がらず、最期はマッサージを続けていたモモレンジャーが「死んじゃったみたい。」と。

あんまり静かに、それこそ眠るように逝ってしまったので、「本当に死んじゃったの?」って。


それが平成22年12月27日の夕方のことでした。


そこには両親とモモレンジャーがいて、わたしは隣の部屋でPC作業をしていたんですが、家族がいる中、暖かい部屋で看取ることができて良かったな、って思いました。

朝起きたら冷たくなっていた、ということだけは絶対嫌だったので。

屋内で粗相をしたことのなかったぬばさんが、最期まで綺麗な体で逝ったこともぬばさんらしいし。



さて、それからがいかにも我が家らしいというか、なんだそりゃ、な展開に。

ぬばさんが亡くなって、一番号泣して始末に終えなくなると思っていたモモレンジャーが、泣くどころかテキパキとタバコの箱で即席棺桶を制作し、中にぬばさんを寝かせてやり、要らなくなった(!)敷物や掛け布団を「ゴミの日に出すから。」とゴミ袋にバンバン突っ込んでいくという…。

この状態は、愛犬が亡くなった、というよりも人間のお通夜に近い感覚ですかな。

故人を悼むよりも、葬式の段取り、段取り、って事務的な手続きに忙殺される感じ。


そして翌日、タウンページでペット霊園を探して、ぬばさんが亡くなってから24時間経たないうちに火葬場へ。

結局、火葬が済むまで1時間半ほどかかるということで、一旦帰宅してから出直すことにしたんですが、車でたった15分程度の道程なのに、モモレンジャーが行きの往復で車酔いしてギブアップ(爆)。

お母さんは店を離れられないし、ということで私一人でぬばさんのお迎えに行ったんですよ(嘆)。

霊園の人と二人でぽつぽつとぬばさんの思い出を語り合いながらお骨上げ。

霊園の人曰く「何日か経ってから、ペットロスていうんですか、悲しみが込み上げてきてふさぎ込んだりする方もいらっしゃるそうなんですが、ワンちゃんはお空の上から見守っていますから…。」てな風に、いちいち泣かそう泣かそうとするんですよ(爆)。

こちらはできるだけほのぼのした雰囲気で送り出したいと思っているのに、悲しみを増幅させるような言い回しをするから、「下を向いたら泣いちゃうー。」って鼻の奥がツーンてしてくるのを我慢してすすり泣き程度に抑えてました(笑)。

ティッシュを持っていくのを忘れてしまったのもあってね(爆)。

この2日間は特にあっという間で、今思い出しても何が何だか???な感じでした。

実際、年末のどうにもこうにも忙しい時期で、そんな中、私は私で仕事先やら病院やら霊園を何度も往復したりして、どっと疲れたのも事実だし、いい感じに悲しさや辛さを紛らわせることができました。

でも、仕事でイタいミスをやらかしたりもしたけど(爆)。



ぬばさんが亡くなってから2週間ほどになりますが、16年も続けてきた習慣はいきなり切り替わるはずもなく、正午間近になると「ぬばさんのご飯!あ、いいんだ。」、雨が降ってくれば「外に干しておいたぬばさんの敷物が!あ、いいんだ。」みたいなことが度々ありますね。

家族も同様で、モモレンジャーはPC作業中、足元にいるはずのないぬばさんに声をかけることがあるそうだし、お母さんは「もう公園には行かない。」と言ってます。

日中、最もぬばさんと一緒にいる時間の長かった叔父さんが「何か物足りねえなあ。」なんて似つかわしくないことを口にしたので、思わず驚いちゃった(笑)。

思ったより落ち込む感じにはならなくて、ぬばさんのいない日々を淡々と過ごしております。

お仏壇にお供えするわけでもなく、PC部屋に飾っていた写真をお茶の間に移動させただけ。

ぬばさんがいないと「時間に余裕ができるねぇ(家族の共通意見)。」ということをつくづく実感。

それだけぬばさんのために費やす時間が多かったってことなんですが、世話してる間はそんなこと、全然考えたこともなかったなぁ。

散歩の時間は、それにかこつけていい気分転換になってたしね。

これも私だけじゃなくて家族全員がそうだったと思うけど。


山のように積まれていたペット雑誌を処分し、グルーミング用具を洗って片付け、たくさん残ってしまったペットフード類は、まだそのままにしてあるんですが、店頭で安売りしようか、ご近所に形見分けしようか、なんて言ってます。

余ったおしっこシートは形見分けしちゃったし(笑)。

ぬばさんのことはご近所の方々にも残念がられました。

ぬばさん、幸せ者だなぁ、いろんな人に悼まれて。

中には噛んじゃった人もいるのに(爆)。



いずれこういう日が来ることはうっすらと覚悟して、そうなったらどうなるんだろう?なんて頭の片隅でシミュレーションしていたのですが、実際に亡くなった後に感じたことは、予想していたこととは微妙に違っていました。

ぬばさんが亡くなる前までの想像では、「ぬばさんは空の上から自分達を見下ろすんだろうな」と思っていました。

でも、日々の生活の中で、ぬばさんのことを思い出さない場所がまるでないことに気付きまして。

散歩好きでドライブ好きなぬばさんを連れて、いろんなところに行きましたもんね〜。

家の近所だったら絶対一人では歩かないような狭い路地とか、車だったらいつも行くところは大抵連れて行ってるし、どこに行ってもぬばさんが一緒の時のことが思い出されて。

そこで思ったのが、ぬばさんはどこにもいないけど、どこにでもいる、ということ。

天国から見下ろしているのではなく。

ここいらへんは日本人の宗教観に当てはまるものがあるのかもしれませんが、日本には八百万の神様がいるので、ぬばさんのことを思い出した場所にぬばさんがいる、という感覚になるんですね。

こういう感覚には異論反論あるかもしれませんが、私が感じるのは、ぬばさんを思い出せばいつでもそこにいるんだなぁ、ということ。

だから寂しくない、といえばそれは違うんですけどね。


そろそろ、ご近所のお客様とか問屋さんとかに「わんちゃんは?」って尋ねられる機会が増えてきました。

「死んじゃったんですよ〜。」って答えると「ええ〜っ!」って驚かれたりして。

「それは可哀想にねぇ。」

って、ぬばさん、みんなに愛されて本当に幸せだったんじゃないかなぁ、と思います。





在りし日のぬばさん。「ちょびリッチ」のちょびリッチVISIONから。ciaociaokitのユーザー名でほかの動画も数件閲覧可能です。



焼かれる直前、タバコの箱(50カートン入り1ボール)の即席棺桶に寝かせ、お母さんの弔句を添えて拝んであげました。
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このタバコの箱っていうのが、ぬばさんがウチに来た当初から大活躍の必需品で、組み立てれば丈夫な犬小屋になるし、使い捨ての敷物になるし、16年間いろんなことに使われてきました。まさに「揺りかごから墓場まで」(爆)。


霊園の墓地を後方から。あ、ぬばさんはここには埋葬されておりません。
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遺骨はモモレンジャー(妹)の部屋に保管してあるです。埋葬先は未定(失笑)。


友人等から年末年始のご挨拶をいただいた中に、ぬばさんのことを気遣って下さってる方もいらっしゃって、その度に本当のことを伝えずにいたこと、大変申し訳なかったです。

クリスマスから正月へとハレのイベントが続いている中、どうしても悲しい事実を知らせる気にはなれなくて、結果的にこんな形でお知らせすることになってしまったことをお許し下さい。

なにせ、身内のアパート管理人(妹)に知らせるのも「メールでいいんじゃない?ブログでも。」という家族なものですから(実話)。

さすがに「家族なのにそれー?!」って(爆)、このブログをアップする少し前に電話で知らせるつもりですけど。


…で、先程電話で知らせたんですが、「残念なお知らせがあるです。」「ぬばさんのこと?」「えっ、夢枕に出た?」「いや、残念なお知らせていうから…。」

いい勘してるぜ(爆)。さすがぬばさんの名付け親。

結局、口頭で説明するのが面倒臭いので「とにかくブログに書くから、それ読んで。」で済ませてしまったんですけど(爆)。


そんなわけで、新年早々、大変残念な記事になってしまいましたけど、何かの折りにぬばさんのことを「かわいいちゃんだったなぁ。」と思い出していただけましたら、本人(犬)も喜ぶかと思います。

ぬばさん、「かわいい」=自分。って認識しておりましたので(勿論、かわいいの意味も・笑)。


それから、生前のぬばさんが最初から最期までお世話になった病院や、かわいがってくださった近所の方々、ぬばさんの死を家族同様に惜しんでくださって、本当にありがとうございました。

ぬばさんは、多分、ウチに引き取られて幸せだったんじゃないかな、と飼い主馬鹿ですが、そんなささやかな自負を心の拠り所に、いい思い出、嫌な思い出を全部大事に家族で共有していこうかと思います。

この度は当記事を最後まで読んで下さいまして、本当にありがとうございました。


以下、本当に本当のぬばさんのラストショットです。
感受性の豊かな方、心臓の弱い方はスルーしていただくことをお勧めします。


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ジュラシック・パーク(爆)。
亡くなってから24時間も経たないうちに焼きたてほかほかのぬばさんです。お骨を拾い上げる際、まだまだ熱かったです。
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変な話だけど、実はこの写真、自分の中では自慢の一品だったりします。
頭蓋骨はほぼ丸ごと、爪とかもちゃんと形のまま残っておりました。
立会いの霊園の方も驚いてたけど、こんなにお骨の形がしっかり残っているのは珍しいそうです。
まぁ、少しお世辞もあるでしょうけどね(笑)。
幼き頃、よく食べ、よく飲み、よく遊ばせてやったので、こんな風にしっかりした骨格形成になったんだろうって、自分達の育て方が間違ってなかったんだなぁって、この写真がそれを証明しているような気がして。




ぬばさんの16年間のかかりつけ医須賀川動物病院

ぬばさんの葬儀場。家から車で15分玉川ペット霊園

ぬばさんの動画ならちょびリッチVISION





霊園からの帰り、夕方の田舎道を運転しながら頭の中でリピートしていた曲。

この際、画像は無視してちょんまげ(笑)。

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